2026年の夏休み、小4(10歳)の息子とガラパゴス諸島へ向かう途中で、エクアドルの首都キトに3泊しました。キトは標高約2,850mの高地にある街で、旧市街は世界遺産です。
ガラパゴスまでの12日間の全体(行程、費用、手配のしかた、注意点)は、こちらにまとめています。

この記事では、キトで過ごした2日間を、時間の流れにそって書きます。高地ならではの体調のこと、旧市街の教会、チョコレート作り、標高4,000m近くまで上がるロープウェイ、そして赤道。子連れでキトに寄る方の参考になればうれしいです。
| 日にち | 行ったところ |
|---|---|
| 8月4日(夜) | ヒューストンから深夜2時にキトに到着 |
| 8月5日 | カロリーナ公園 → お土産市場 → 旧市街(バシリカ、独立広場、ラ・コンパニア教会)→ チョコレート作り |
| 8月6日 | テレフェリコ(ロープウェイ)、山の上で乗馬 → 赤道の博物館と赤道記念碑 |
| 8月7日(朝) | 朝5時にホテルを出て、ガラパゴスへ |
深夜2時、キトに到着
アメリカのヒューストンからキトへの飛行機は、18時10分発の予定が20時発に遅れました。キトに着いたのは夜中の2時。ドライバーさんに待っていてもらい、ホテルに着いたのは3時ごろでした。暗い中を車で走るだけでも、坂の上り下りがとても多い街だとわかりました。

標高2,850m:高山病と乾燥に気をつけたこと
キトは富士山の5合目より高い場所にある街です。空気が薄いせいか、父は夜うまく寝つけず、少し頭痛もありました。ホテルの朝食会場には、高山病の頭痛が軽くなるといわれるコカ茶が置いてあり、父はこれに助けられました。ただ、コカの葉にはコカインの成分が含まれているので、日本には持ち帰れないそうです。


息子のほうは全然平気で、朝から元気いっぱい。朝食では、本場のチーズパン「ポンデケージョ」を喜んで食べていました。市内観光のガイドさんも、最初に「高山病の頭痛はない?」と心配してくれました。ひどい人は1〜2日、頭痛で動けなくなることもあるそうです。

唇のまわりがガサガサに
もうひとつ困ったのが、乾燥です。キトはこの時、3週間も雨が降っていなかったそうで、空気がカラカラでした。肌が少し弱い息子は、唇のまわりがガサガサになってしまいました。保湿クリームを塗りながら過ごしましたが、なかなか治りません。
ところが、海に囲まれたガラパゴスへ移ったら、翌日にはすっかり治っていました。キトに行くなら、リップクリームと保湿クリームは手の届くところに入れておくのがおすすめです。ホテルには給水所があって、水を自由にくめたのも助かりました。

1日目の午前:カロリーナ公園とお土産の市場
早く起きられたので、朝はUberでカロリーナ公園へ。キトはUberがすぐにつかまるので、移動がとても楽でした。息が切れやすいので父はゆっくり散歩。息子は土管を積み上げたような遊具で元気に遊び、大きなソテツやピンクのハイビスカスも見られました。



公園の中には、エクアドルの自然科学博物館(INABIO)があります。エクアドルの国鳥コンドルのはく製は、とても大きくて迫力満点。マストドンの骨格標本「ティト」は、息子が正面から撮ってくれました。



すぐ近くには、カエルなどの両生類やは虫類を見られる「Vivarium(ビバリウム)」もあります。中は撮影禁止でした。どちらも20〜30分で回れる、こぢんまりした広さです。

そのあとは、Uberで街なかのクラフト市場「Mercado Artesanal La Mariscal(アルテサナル・ラ・マリスカル市場)」へ。マグネットやキーホルダーなど、お土産をここで買いました。


お昼は、息子が部屋でゆっくりしたいと言うので、ホテルでUber Eatsを頼みました。ところが届いたのは、なんだかよくわからない料理で、口に合いませんでした。フォークなどを頼んだのに入っておらず、ホテルが貸してくれました。こういう失敗も、旅の思い出です。

1日目の午後:世界遺産の旧市街を歩く
昼過ぎからは、現地のガイドさんの案内で市内観光です。キトの旧市街は、1978年にユネスコが最初に選んだ世界遺産のひとつ。上から見るととてもきれいな街ですが、中に入ると坂が急で、道がとても入り組んでいます。車とガイドさんがいて助かりました。
バシリカ:外壁にガラパゴスの動物
最初に訪れたのは、バシリカ(Basílica del Voto Nacional)。キリスト教の教会を訪ねるのは、シドニー、セブ島に続いて3回目です。ガイドさんの英語の説明を、父が日本語に通訳しながら回りました。
おもしろいのは外壁です。ふつうのゴシック様式の教会なら怪物の像が並ぶところに、ゾウガメやイグアナ、アルマジロなど、エクアドルの動物の像が並んでいます。これから行くガラパゴスの動物たちに、教会の壁で先に会えました。



塔の展望台に上る階段は、とても急でした。息子も怖がっていましたが、背中を押してあげると、ゆっくり登りきりました。上からは、市街と時計台がとてもきれいに見えます。向こうにはパネシージョの丘。有料の望遠鏡もありますが、双眼鏡を持っていったので、好きなだけ景色を楽しめました。



独立広場:鎖を断ち切るコンドル
車を地下の駐車場に止めて、独立広場(プラザ・グランデ)へ。真ん中に立つ独立記念碑には、鎖から放たれようとしているコンドルがいます。コンドルはエクアドルを表す鳥で、スペインの支配から独立したことを表しているそうです。そういえば、街で見かけた警察署のマークもコンドルでした。


広場に面した建物の中は、奥に広い空間が続いていて、ここでお祭りをして音楽を鳴らしても、まわりの建物には音が伝わりにくいつくりになっているそうです。

ラ・コンパニア教会:日本につながるザビエル像
次は、イエズス会のラ・コンパニア・デ・ヘスス教会。中はどこまでも金色で、目がくらむほどです。
ここで印象に残ったのが、フランシスコ・ザビエルの像でした。ザビエルは、日本に初めてキリスト教を伝えた宣教師。小学6年生の社会で習う人物です。地球の反対側の南米の教会で、日本の歴史の教科書に出てくる人に会えるとは思いませんでした。前の年に行ったセブ島にも、同じスペインが伝えたキリスト教の教会がありました。


……と父は感動していたのですが、夕方になり、息子はこのあたりで時差ぼけで寝てしまいました。街なかには、エクアドル中央銀行や、イエズス会が作ったエクアドルで最初の大学だった建物もありました。エクアドルは2000年から、アメリカのドルを自分の国のお金として使っています。そのため、中央銀行の仕事はだいぶ減っているそうです。

渋滞の中で、車の窓から買ったスナックはサクサクでおいしかったです。帰り道の夕方には、パネシージョの丘を街から見上げました。


Minkaでチョコレート作り
夕方は、歩いてMinka(ミンカ)のチョコレート店へ。ショッピングモールのような建物の中にあります。エクアドルはカカオの産地で、まずはカカオニブ(カカオ豆を砕いたもの)を見せてもらいました。


体験は、専用のキッチンスタジオで。岩塩、オレンジピール、コショウなど、いろいろな具材が用意されていて、好きなものを混ぜてチョコレートを作ります。着いたときはカウンターに突っ伏して寝ていた息子も、体験が始まるとすぐに元気になりました。具材は、全部を少しずつ入れていました。お土産にもチョコレートをいくつか買いました。


ホテルに戻ると、息子は部屋でぐっすり。父は1階のレストランで、セビーチェと肉料理の夕食をいただきました。


2日目の午前:テレフェリコで標高4,000m近くへ
2日目は朝いちばんで、テレフェリコ(ロープウェイ)へ。乗り場はとても混んでいて、1時間以上並びました。大きな国際的な宗教の集まりがキトで開かれていて、その参加者の方がたくさん来ていたようです。ガイドさんが列に並んでくれて、父と息子はベンチに座って待ちました。前の日の教会めぐりとあわせて、父にとっては「子どもと宗教」について考えるきっかけになりました。


テレフェリコは約20分で、標高3,945mの山の上の駅に着きます。上っていくと、だんだん木が減って、森が草原のように変わっていきました。山の上には、幹の皮がペリペリはがれる木や、乾燥に強そうな植物。それを見た息子が言いました。
「高山植物ってこういう事なんだね」


上る途中では、持っていたペットボトルがふくらみました。上に行くほど、まわりの空気の圧力(気圧)が下がるからです。授業で習った気圧の話を、目の前で確かめられました。息子は大はしゃぎしていましたが、標高4,000m近いので、あっという間に息が切れていました。


山の上でクイを食べる
20分ほど歩いて乗馬のできる場所へ。ここは標高4,000mを超えています。馬が出払っていたので、先に山の上のレストラン「Bar Comedor」で、エクアドルの伝統料理「クイ」を食べました。クイはテンジクネズミのこと。形がそのままなので見た目はなかなかリアルですが、お肉はもちもちしていました。食べ終わった骨は、近くにいた犬が狙っていたので投げてあげると、喜んでボリボリ食べていました。



「やっぱりちゃんと乗りたい」
馬に乗ってさらに山を登るグループもいますが、40分ほどで回れるコースもあります。父は「何十分も乗るのは大変じゃない?」と言って、少しだけ乗って写真を撮らせてもらえるようにお願いしました。ところが息子は、
「やっぱりちゃんと乗りたい」
「アンデスの山の上で馬に乗るなんて一生に一回かも」
と父を説得。結局、40分のコースを回ることになりました。景色を見ながら馬に揺られるのはとても楽しく、高山の花やサボテンも見られました。



最後に、有名な崖の上のブランコにも乗りました。目の前は絶景ですが、崖なので少し怖かったです。


2日目の午後:赤道へ
午後は、キトの北にある赤道へ向かいました。
インティニャン博物館:卵は本当に立つ?
最初に行ったのは、インティニャン博物館(Museo Intiñan)。赤道の上に建つ野外の博物館で、「INTINAN LAT 0°00’00”」の像の前で写真を撮りました。

昔の暮らしの展示では、テンジクネズミ(クイ)が飼われていました。山の上では貴重なたんぱく源なのだそうです。ガイドさんによると、エクアドルの子どもの中には、かわいがっていたテンジクネズミがある日食卓に並んでいて、しばらくクイを食べられなくなる子もいるそうです。


影を使った昔の時計を見たあと、赤道ならではの体験です。まずは、卵を立てるチャレンジ。親子とも成功しました。「赤道の真上でないと立たない」と言われましたが、二人とも「本当かな?」。実は卵は、赤道でなくても、根気よくやれば立てられると言われています。



ウガンダの赤道でも見た、水の渦の実験もありました。北半球と南半球で、水が逆向きに渦を巻いて流れていきます。博物館では、野生のハチドリにも出会えました。


「コリオリの力は、どうして発見されたの?」
渦の向きが変わるのは「コリオリの力」のため、と説明されると、息子が質問しました。「コリオリの力は、どうして発見されたの?」父が通訳すると、ガイドさんは「コリオリさんという人が発見したんだよ」と答えてくれました。
「どうやって発見したの?」には、ガイドさんも答えを知りませんでした。でも、こう話してくれました。「世の中で起きている不思議なことに好奇心を持って、なんでだろう?と考え続けたら、発見できたんだって」。小4になって、言われたことをそのまま信じずに「本当かな?」「どうして?」と聞くようになった息子に、ぴったりの答えでした。
ミニコラム:コリオリさんは、何を研究していた?
帰ってから調べてみると、ガスパール=ギュスターヴ・コリオリは、フランスの科学者でした。1835年の論文で取りあげたのは、地球ではなく、水車のような回転する機械。回っている台の上で動くものに働く、見かけの力を数式にしたのです。
この力を地球の空気の流れに当てはめたのは、1856年、アメリカのウィリアム・フェレルという人でした。「コリオリの力」という呼び名が広まったのは、20世紀に入ってからです。
ちなみに、洗面台や小さなボウルの水の渦の向きは、コリオリの力ではほとんど決まりません。容器の形や、水にもともと残っていた回転のほうがずっと大きく効きます。赤道の実験は、ガイドさんの見せ方の上手さも大きいのです。ウガンダで同じ実験を見たときの話は、こちらに書いています。

赤道記念碑と、南米諸国連合の建物
もうひとつは、有名な赤道記念碑(Mitad del Mundo)。1736年にフランスの調査隊が測った赤道をもとにした場所に建っています。ただ、今のGPSで測ると、本当の赤道は200mあまりずれているそうです。中の展示は改装中で入れず、外から写真を撮りました。


近くには、南米の国々がヨーロッパのEUのような集まりを目指して作った「南米諸国連合(UNASUR)」の本部だった建物もありました。EUとちがってうまくいかず、今は使われていないそうです。帰りは近くの売店でアイスを買いました。近くのクイ料理のお店には、ちょっとシュールなテンジクネズミの像もありました。


夜はホテルで、エクアドルのじゃがいものスープ「ロクロ・デ・パパ」とお肉の夕食でした。


子連れでキトを回るときのポイント
- 着いた日は無理をしない:標高2,850mの街です。我が家は、息子は平気で、父のほうに頭痛が出ました。子どもの様子を見ながら、予定は「元気があれば」くらいにしておくと安心です。
- リップクリームと保湿クリームを:空気がとても乾燥していることがあります。息子は唇のまわりがガサガサになりました。
- 移動はUberが便利:すぐにつかまり、近い場所なら気軽に動けます。
- 旧市街はガイドさんと車で:坂が急で道が入り組んでいるので、子連れで歩き回るのは大変です。
- 双眼鏡を持っていく:バシリカの展望台や山の上の景色を、好きなだけ楽しめます。
翌朝は5時にホテルを出て、いよいよガラパゴスへ向かいました。ガラパゴスで最初に泊まったサンタクルス島の話は、こちらです。

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